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ひなぴし

会いたくて、会いたくてふるえるシンドローム。

メレブは呪文を唱えた「あまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるいやまじで

東京スカイツリー建設は予言されていた!江戸末期の歌川国芳の絵と1979年の小学生の絵

歴史

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東京スカイツリーは、もはや東京でも1,2を争うランドマークとなっています。

誰でも知ってるスカイツリーですが・・

 

このスカイツリー、実は江戸時代から予言されていたのでは・・

という話があるのは知ってますか??

1/2000 東京スカイツリー&東京スカイツリータウン

 

★江戸時代末期にスカイツリーを予言した歌川国芳

 

まずはその絵をみていただきましょう。

 

http://odajorighee.tumblr.com/post/113211997091

 

この絵・・1831年?に描かれたそうです。

『東都三ツ又の図』

左側の塔のような建物・・これ、東京スカイツリーっぽくないですか??

 

これが予言ではと言われる理由は、この構図でいくと

その塔が描かれている場所が、現在スカイツリーがある場所とほぼ同じでは

と思われているからのようです。

 

へぇ〜〜

 

まあ、実際のところは井戸を掘る櫓?か何かではと言われていますが

偶然としても・・。

 

ちなみに、この歌川国芳さん、自分のしぬとしも言い当てたという話があります。

 

「東都御厩川岸之図」という作品で、右側にいる人の頭の傘に描かれた漢数字

http://odajorighee.tumblr.com/post/113212618776

ここに「1861番」という番号が記載されていますが

この「1861年」が歌川国芳さんの没年だそうです。

 

不思議な力を持っていた人なのかもしれないですよね。

 

 

★1979年の小学生が描いたスカイツリー

これは1979年(昭和54年)11月、『未来の墨田-21世紀の私たちの町を描こう』という公募展に寄せられた絵だそうです。


東京墨田区の小学生が描いた「未来の墨田」という絵に

なんとスカイツリーのような塔が・・(笑)

 

これ、しばらく墨田区が描いた人を探していたそうですが

見つかったらしいです。

数人の合作で「こうなったらいいね」で描いたとか。

 

そりゃあ・・そうですよね(笑)

というか、こどもはタワーとか塔が好きなので

「未来の」とか言われると、たいてい描いてしまいそうな気もします。

http://odajorighee.tumblr.com/post/113213136351/1979

 

が、たしかにすごいですよね。そんな気がなかったとしても。

 

 

小学生のみんな!

いまのうちに、自分の家の付近の未来の絵を描いて

タワーを描き込んでおこう!

 

そして、公募展に応募しよう!

 

そうすれば・・いつの日か

予言者として紹介される日が・・くるかも(笑)

※このブログのタイトルは、以前は「はてなで泣いた」でした。独自ドメインへ移行したためタイトルを変更しました※ @iPhoone3Gが語る自叙伝的なこと。 これはまだ俺が20代前半だった時のこと。仕事で疲労困憊な俺は、退社後の深夜2時頃、近くにある大きめの銭湯にやってきた。銭湯といってもいわゆるスーパー銭湯ではなく、普通の銭湯だけど大きい風呂屋。ヤクザ屋さんかな?という人もけっこうみかけるこの風呂屋は、銭湯料金だけど露天的な風呂があったり、サウナが広かったりしてけっこう気に入っていた。銭湯での行動はいつも決まっていて、まずは身体を温めるために内湯に浸かる。その後サウナに入って汗を出す。そして露天の風呂を楽しみ、洗髪・洗体をして出る。というのが自分のコースだ。その日も同じように内湯に浸かり、サウナへ・・とここまでは良かったが、疲労が極限まで達していたためか、普段は絶対にないのに、サウナで横になって寝てしまった。どれくらいだろう??15分くらいは経っていたか。気がつくと、タオルをはだけさせ、一糸まとわぬ姿で眠っていた。サウナには深夜にもかかわらず数人の客がいた。(続きは、また。思い立った時に。)
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