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ひなぴし

会いたくて、会いたくてふるえるシンドローム。

メレブは呪文を唱えた「あまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるいやまじで

犬伏が今生の別れとなり昌幸・信幸・信繁が三人会うことは二度となかった、関ヶ原の合戦後の真田一族の動き #真田丸

TV 日本史

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NHK大河ドラマ「真田丸」

前回の放送「犬伏」が神回と言われていますね〜

 

草刈正雄さん、堺雅人さん、大泉洋さんの三人の演技が

とても胸を打つものでとても良かったと思います。

とくに絶賛されているのが大泉さんですかね。

 

今回の「犬伏の別れ」の描かれ方では、真田信幸が主役と言える内容だったので、その信幸演じる大泉洋さんが最もほめられるのは当然かなと。

 

信幸が決断し、行動した

 

そういう内容でしたね。

しかも、妻が徳川家臣の娘だから、自分は徳川に近いから

が一番の理由ではなく、最終的には「真田を戦乱の世以降に残すため」というのが理由で。

 

ここまでずっと真田信幸は、父である昌幸にはずっと振り回され

弟である信繁には劣等感を与えられ続け・・

ある意味良いところ無しでしたが(笑)

 

もっとも冷静な目で世の流れを見極めることができた人

 

という評価がされていたのかもしれませんね。

 

信幸としては「徳川につくのが得策」と考えた末の行動だったと思います。

 

 

この犬伏での会談が、実はこの真田親子3人が一同に会するのは最後でした。

このあともう、一生会うことはなかったんです。信幸とは。

 

この時点で本人たちがそこまで考えていたのかはわかりませんが

そういう結果を知った上でみると、より感慨深く感じるシーンでした。。

 

 

ちなみに、この大河ドラマ「真田丸」上においても

この役者三人

草刈正雄、堺雅人、大泉洋が本格的に共演するシーンは、この犬伏が最後だったとか。

 

だからこそ、熱のこもったシーンになったのかもしれませんね。

 

 

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実際の撮影ではけっこう冗談を飛ばしたりして、楽しい雰囲気だったそうですけどね(笑)

信幸、信繁の兄弟2人で話し込む場面でともに涙した一方、親子3人で酒を酌み交わし、笑い合う姿も描いた。3人で談笑するラストシーンで信幸が中国の「史記」に登場する名将・韓信と昌幸が似ているという話を披露するが、大泉がその舞台裏を明かした。

 「最後、飲んでいるところで終わるわけですが、僕らのシーン自体はイマイチ終わりはないというか、飲み続けているわけだから。セリフのあるところでカットがかからないから、その後、どうしても、ちょっと(芝居を)やらざるを得なくなるわけですね」

 「『史記』の中に出てくる韓信という男の話を延々とするわけなんですが、そうなると、もう、お互い無茶ぶりのし合いになってきちゃって。堺さんが『兄上、もう少し韓信のお話を聞きたいです』と。のっけかなんかに『そうか、じゃあ次は劇団四季の話をしよう』と。一番おもしろいボケが、もうそこで出ちゃいました」

 大泉は堺と「兄上、もう少し韓信のお話を聞きたいです」というやり取りを「何度やったか、分からないですね。ゲラゲラ笑っていました」と回顧。その中、草刈も負けていなかったという。「草刈さんが『なかなか感心な男だ』と言って。いわゆるオヤジギャグというだけあって、やっぱり速いんですよね。オヤジギャグを繰り出す年配の方というのは。もちろん私も(感心な男は)思い付きましたが(草刈から)相当早く出ました。とても楽しいシーンでしたね」

 大泉、草刈の“渾身のネタ”が放送で流れることはなかったものの、3人が和気あいあいと談笑するシーンに有働由美子アナウンサーのナレーションがかぶさる形で第35回「犬伏」は幕を閉じた。ナレーションの下では、もしかしたらダジャレを飛ばし合っていたのかもしれない。

 

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昌幸と信繁はこのあともずっと行動をともにします。

関ヶ原敗戦後は、九度山への配流もともに・・そして昌幸は、大阪の陣を待てずになくなってしまいます。

 

昌幸の奥さんである山手殿(高畑淳子)は・・

史実では、実は信幸に引き取られたそうです。

 

まあ・・真田丸内の雰囲気でも、そんな九度山での貧乏生活は耐えられなさそうな雰囲気なので(笑)

きっと真田丸においても、信幸の元にとどまることになるんでしょう。

 

 

もし信幸が信繁に会える可能性があったとしたら

大坂の陣の時だと思いますが

 

大坂の陣は病気が理由で信幸は大坂には行きませんでした。

代わりに息子たちが行ったそうですが。

 

もし行っていたら、きっと信繁と会っていたに違いありません。

 

というのも、昌幸の弟である真田信尹とは信繁が会っているんです。大坂の陣の際。

 

大坂冬の陣で大活躍した真田信繁に対して、徳川家康が「信濃1国をやるので家臣となれ」と寝返り工作を行いました。

このときに使者として信繁の元へいったのが信尹でした。

 

真田信尹は・・真田丸では、昌幸のスパイとして、上杉や徳川の元を転々としていたひとです。(栗原英雄さんが演じています)

 

信尹の家は、旗本として徳川時代も生き残ることになったみたいです。

 

 

もし信幸が動ける状態なら・・間違いなく、信幸が使者として信繁の元へ行ったのではないかと思われます。

徳川家康としてはなんとしても信繁を寝返らせたかったわけですから

その兄である信幸を使わせないわけはありません。

 

ただ、それは叶わなかった。

 

 

もしかしたら、信幸は本当に病気だったかは・・わかりませんよね。

第二次上田合戦ではなんとか直接の激しい戦闘は避けられた兄弟が、大坂の陣では戦う必要がでてしまうかもしれない。

それを思って、信幸は大坂へ行かなかったのかもしれないなと思います。

 

まあ・・仮に、信幸が大坂にいって、信繁への使者となったとしても

結局は信繁の答えは同じだったかもしれませんが・・

 

なんか、せめて兄と最後に一度会わせてあげたかったな、という気もします。

 

 

信幸は犬伏のシーンで宣言していた

「もし徳川が勝ったら、俺はどんな手を使ってでも、二人を助ける。もし石田方が買ったらそのときはどんな手を使ってでも俺のことを助けよ」

これを実際に行動し、達成しています。

 

 

本当なら、関ヶ原合戦後、真田昌幸・信繁親子は死罪でした。

そこを信幸の奔走によって命を救われ、九度山への配流で済んだという。。

 

どんな手を使ったかは、大河ドラマ「真田丸」で描いてくれると思います。

義父である本多忠勝もそれには協力したという話が残っていますので、そっち方面で何らかの策を講じることになるんですかね。

 

 

九度山へ行ってからもひそかに、仕送りをしていたそうです。

 

「いつかは会える」と信じていたのかなと思うと、

とても切なくなりますが・・

 

戦国時代というのは、今日まで普通に会っていた人とある日突然

今生の別れがやってくる

そういう時代。

 

 

真田幸村として後世に知られた信繁ばかりが注目されがちですが

この大河ドラマ「真田丸」も、実は真田信幸のことをフィーチャーした作品と言えるかもしれません。

 

 

ぼくの中での「真田丸」の最終回の最後のシーンの予想は

 

最期93歳まで生きた真田信幸が、自らの弟である信繁のことを

「源次郎こそが、本当の侍である」

と語るシーンかなと予想しています!!

(実際に、このように語ったと言われているようです)

※このブログのタイトルは、以前は「はてなで泣いた」でした。独自ドメインへ移行したためタイトルを変更しました※ @iPhoone3Gが語る自叙伝的なこと。 これはまだ俺が20代前半だった時のこと。仕事で疲労困憊な俺は、退社後の深夜2時頃、近くにある大きめの銭湯にやってきた。銭湯といってもいわゆるスーパー銭湯ではなく、普通の銭湯だけど大きい風呂屋。ヤクザ屋さんかな?という人もけっこうみかけるこの風呂屋は、銭湯料金だけど露天的な風呂があったり、サウナが広かったりしてけっこう気に入っていた。銭湯での行動はいつも決まっていて、まずは身体を温めるために内湯に浸かる。その後サウナに入って汗を出す。そして露天の風呂を楽しみ、洗髪・洗体をして出る。というのが自分のコースだ。その日も同じように内湯に浸かり、サウナへ・・とここまでは良かったが、疲労が極限まで達していたためか、普段は絶対にないのに、サウナで横になって寝てしまった。どれくらいだろう??15分くらいは経っていたか。気がつくと、タオルをはだけさせ、一糸まとわぬ姿で眠っていた。サウナには深夜にもかかわらず数人の客がいた。(続きは、また。思い立った時に。)
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