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ひなぴし

会いたくて、会いたくてふるえるシンドローム。

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NHK大河ドラマ「真田丸」三谷幸喜の描く大野治長が新しい

TV

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真田丸、大坂冬の陣に突入しましたね。

いよいよ完成した「真田丸」での攻防が始まります。

 

この終盤に入ってからの「大坂の陣」編で一番気になっているのが

大野治長

 

http://odajorighee.tumblr.com/post/152993166996/登場人物-大野-治長-今井-朋彦-nhk大河ドラマ真田丸から

 

今井朋彦さんが演じる武将です。

 

今井朋彦さんは、三谷作品にはこれまでにも出演されているようです。

たいてい・・嫌味な役なんだとか(笑)

斜(はす)にかまえた奴、みたいなイメージで。

 

そんな今井さんをイメージして大野治長像を、三谷幸喜さんは作り上げていったそうです。

 

 

その話からも、

 

また、大坂の陣編に入った直後の今井さん演じる大野治長を見ても・・

 

 

あ、やっぱり今までどおりの大野治長なのかな

 

と思ってました。

 

 

真田丸 完結編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

真田丸 完結編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

 

 

大坂の陣・人物列伝「大野治長・治房・明石全登」 (歴史群像デジタルアーカイブス)

大坂の陣・人物列伝「大野治長・治房・明石全登」 (歴史群像デジタルアーカイブス)

 
真説大坂の陣 (学研M文庫)

真説大坂の陣 (学研M文庫)

 

 

 

「今までどおり」とは、

たいていの小説やテレビドラマ・映画などの物語においては

大野治長は浪人衆を信用せず、「籠城!籠城!!」と主張した人

というような描かれ方をしていると思います。

 

野戦を主張した真田幸村たち浪人の意見を取り入れず

籠城策を取るのを主導したのが、大野治長を中心とした豊臣家家臣

というような描かれ方です。

 

能力が高くなく、大局観に欠ける、というか

豊臣家の威信を借りて威張っているだけ、みたいな。

 

運良くこの地位にのぼりつめました、的な。

 

 

今井さん演じる、真田丸の大野治長も、登場時は

そんなニオイがプンプンしてました(笑)

 

当初から幸村(真田信繁)をあやしむような目つきと行動・・

 

 

だがしかし。

 

今回の真田丸での大野治長は、どうやら違うようです。

 

 

というのも、どちらかというと、大野治長は

浪人の言うこともわかる、それを取り入れてやりたい

という気持ち

(むしろ、その方が豊臣家のためであると考えた、ということ)

 

豊臣家を悪い方へ導いているのは、

大野治長の母である大蔵卿の局と織田有楽斎、そして淀殿。

 

まあこの辺はたいていのものでも同じ描かれ方ですが

大野治長が、そちら側ではない・・というか、

浪人とその豊臣の人たちとの間に入る立場となっているのが

新しいなと。

 

本当の意味で、「豊臣家にとっては何が一番良いのか」を考えて行動しようとしているということ。

たしかに浪人たちが言うことに一理あると思えば

それを通すように奔走しようとする。

 

 

三谷幸喜さんの新しい捉え方、という感じですかね。

いや、歴史上、はたして大野治長が相当な悪役かといえばそうではなさそうなんですが

物語ではたいていそういう役柄を与えられてしまっているんですよね。

 

でも本当の大野治長は

武勇に優れ、豊臣家への忠義の心が厚い

武将だった、という評価が残されているようで

 

 

実際には今回の真田丸での描かれ方が本人に近いのかもしれません。

 

もともとは大野治長は「和平」を望んでいたという話もあり

そういう意味では、片桐且元なんかと同じような思考だったのかもしれません。

その方が豊臣のためになると。。

 

ただ、いかんせん、豊臣家が自分に近すぎるため

その豊臣家を貶めるようなことはできない、というのがあったのかなと。

 

和平といっても、豊臣家が別の土地に移るとか、淀殿が人質になる

といった、且元による徳川家からの条件のようなものは受け入れられなかったのかなと。

 

大阪夏の陣の最後には

徳川秀忠の娘で、豊臣秀頼の正室である千姫を大坂城から脱出させた上

「今回の全ての責任は大野治長1人にある、自分の命と引き換えに、秀頼・淀殿の助命を」

と申し出たそうです。

 

聞き入れられなかったのですが・・

 

この逸話からも、本当に豊臣家のことを考えて生きた人なんだな

ということがわかります。

 

 

そのあたりを強調して描きたい、というのが三谷版大野治長なんですかね。

 

 

 

ただ・・

 

ちなみに、淀殿と大野治長が密通していたという話が資料で残っていて(真偽は定かではないが)

 

もしそれが本当なら、最後まで淀殿と秀頼を守ろうとしたのは

何か別の意味があったような気もしないではないです(笑)

 

秀頼は身長が高かった。

秀吉は低かった。

 

大野治長は・・身長高かったそうです。

しかも大野治長・豊臣秀頼ともにイケメンだった?!と言われているので

血の繋がりがあるのではという疑いが・・(笑)

 

 

真田丸内でもその話少し取り上げられてましたよね。

「秀吉の子ではない」

 

 

でも今までみてきた感じだと・・

真田丸では、大野治長と淀殿の密通は無いような気がします。

まあ・・最終版でどうなるかはわかりませんけどね(^_^;)

いろんな伏線を張っておいて回収していくのが三谷さんのやり方でもありますし。

 

 

ただ、やっぱり真田丸での大野治長はちょっと新しい気がします。

忠臣で、能力が高い大野治長というのを楽しんで観てみたいと思います。

 

 

史実だと、関ヶ原では、徳川方の東軍についたんですね大野治長。

徳川家康暗殺未遂事件で没落したあと、これで許されて大名クラスに戻った人のようです。

そう考えたら、徳川家康にも恩がある人だったんですねぇ。。

 

関ヶ原後に、家康の使者として豊臣家へ向かってから

そのまま豊臣家に残ったそうです。

(徳川は豊臣に敵意はない、を示す内容の手紙を携え)

 

片桐且元が豊臣家を去って、順番的に、というか大野治長しかいなくなって

権力をもつようになったそうです。

 

 

なんとなく、大坂の陣の時でも

かなり若い武将だったのかなとイメージしてたんですが

 

大坂の陣の時、45、46歳で幸村の2歳ぐらい年下?だったと言われています。

そんな年齢とは思わなかったな〜と。

 

若くして、母親である大蔵卿局なんかに振り回された人かなと勝手に思ってました。

いやむしろ、そんな年齢なら、無視しようよと!(笑)

母親ぐらいは(笑)

 

 

真田丸で大野治長を演じる今井朋彦さんはけっこう若く見えますし(笑)

 

でもちなみに、今井さんも実はけっこうお歳で(笑)

 

すでに49歳で、堺雅人さんよりも全然年上ですね。

(堺雅人は43歳)

※このブログのタイトルは、以前は「はてなで泣いた」でした。独自ドメインへ移行したためタイトルを変更しました※ @iPhoone3Gが語る自叙伝的なこと。 これはまだ俺が20代前半だった時のこと。仕事で疲労困憊な俺は、退社後の深夜2時頃、近くにある大きめの銭湯にやってきた。銭湯といってもいわゆるスーパー銭湯ではなく、普通の銭湯だけど大きい風呂屋。ヤクザ屋さんかな?という人もけっこうみかけるこの風呂屋は、銭湯料金だけど露天的な風呂があったり、サウナが広かったりしてけっこう気に入っていた。銭湯での行動はいつも決まっていて、まずは身体を温めるために内湯に浸かる。その後サウナに入って汗を出す。そして露天の風呂を楽しみ、洗髪・洗体をして出る。というのが自分のコースだ。その日も同じように内湯に浸かり、サウナへ・・とここまでは良かったが、疲労が極限まで達していたためか、普段は絶対にないのに、サウナで横になって寝てしまった。どれくらいだろう??15分くらいは経っていたか。気がつくと、タオルをはだけさせ、一糸まとわぬ姿で眠っていた。サウナには深夜にもかかわらず数人の客がいた。(続きは、また。思い立った時に。)
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