ひなぴし

会いたくて、会いたくてふるえるシンドローム。

#西郷どん 悪人説 悪事一覧 #西郷隆盛 がやった悪いことを書き出してみる(噂も含む)

どんなに英雄と言われていても、神ではないので。

 

全てが「聖人」のように振る舞えるということはないと思います。

人間なら、誰しも悪いことの1つや2つ…ありますよね??

 

幕末の英雄・西郷どんにもおそらくそういう悪事があるであろうと調べてみることにしました。

 

だからといって西郷隆盛が悪人だった、というわけではないのですが…😓

 

まあ、人によっては「悪い人だ」と思った人もいたかもしれないですね。

 

倒された幕府側の人はみんなそうだと思いますし。

 

なので、伝わっている「悪いこと」も事実かどうかはわかりません。

 

西郷隆盛は最終的に反政府軍として戦っていますから、その時に「悪いやつだ」と噂を立てられた可能性もあります。

 

 

なので、これから書くことは事実ではない可能性が結構ある、ということは前提として認識をお願いします。

 

ただ・・けっこう悪いこともやってます西郷どん!

NHK大河ドラマ「西郷どん(せごどん)」では、このあたりはどのように描かれるのでしょうか・・?

 

 

 

 月照とは心中、一緒に死のうとしたのではなく西郷が殺した疑惑

もし西郷が殺していたとしても、実はそれほど悪くはないと言えそうなんですけどね。

薩摩藩からは月照のことを「日向送り」と命じられていたそうです。

日向送りとは現在の宮崎県である日向国へ行かせるということなのですが

裏の意味では、「薩摩と日向の国境で殺せ」という意味だったそうです。

 

つまり、薩摩藩は西郷に「月照を殺せ」と命令していたわけで。

ただ、通説では西郷は月照とともに死ぬことを選んだということになっていて

一緒に死のうと共に海に飛び込んだ、という話になっています。

 

旧出羽庄内藩の関係者が西郷から聞いた話をまとめた『南洲翁遺訓』に

「自分が最も遺憾に思うのは、僧月照の身の上だ。月照が舟の舳先に出て小便をしているところを、後ろから自分が抱き込んで飛び込んだところ、月照のみは死し、自分が生き残ったのは、至極遺憾なわけである」

 

との記述があるらしく・・

この内容をそのまま受け入れると

 

小便をしていた月照(どう考えても死のうとしてない)

に後ろから自分が抱き込んで飛び込んだ

結果、月照だけが死に、自分は生き残った

 

これだと、死にたいとは思っていない月照を西郷が殺したことになりますよね(^o^;

 

西郷は「死にたい」と思っていたのかもしれません。

なので、その後「自分だけ生き残ったこと」を悔いる話をしている逸話も残っています。

しかし上の文章をみると明らかに「殺しにかかっている」ようにもみえるんですよね・・

 

僧侶を殺す、という悪行を働いたことに・・

まあ、藩の命令ではあったんですけど。

 

 

西郷どん 前編 (NHK大河ドラマ・ガイド)

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工作員・西郷隆盛 謀略の幕末維新史 (講談社+α新書)

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西郷どん -メインテーマ-  音楽:富貴晴美

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生涯不犯(一生女性とは交わらない)を誓ったのに男色するわ結局女遊びするわ

西郷隆盛は「生涯不犯」を誓っていたそうです。

要は、女性とは一生交わらないという誓いです。

 

これはなぜ誓っていたかというと、尊敬する自分を見出してくれた主君・島津斉彬に子ができることを願ってのこと。

生まれてくる子がことごとく3歳ぐらいまでに亡くなってしまうという不幸に見舞われていた島津斉彬に子ができるように祈願してのことだったそうです。

 

ちなみに、島津斉彬が亡くなったときには西郷は殉死しようとしたと言われています。

このとき、西郷が殉死しようとしたのをとめたのが月照と言われています。

命の恩人ですよね・・月照さん。

なのに、殺してしまうという(^o^;

これはやっぱり罪な気が。。

 

そして、実は月照さんとは「男色」の関係であったという噂もあります。

えっと・・女性とは交わらないけど、男ならOKって(笑)

それもどうなの!?という。

このボーイズラブ的な展開は、大河ドラマ「西郷どん」でも取り入れられそうな予感です。

 

戦国時代の武将の話ではよく「衆道」のことが出てきます。

男性同士の性的関係です。

ですが、これぐらいの時代になるとおそらくその傾向は減ってきていたと思うのですが

どうやら薩摩ではこの衆道をたしなむ人が比較的多かったとか。。

 

まあ、武人気質が多かったということで、昔の武将にならって、というのもあるかもしれませんし

そもそも薩摩は男尊女卑の傾向が激しかったそうなので(今でも、と言われていますが)男と交わることが崇高というような考えもあったのかもしれません。

 

ということで、薩摩ではめずらしいことではなかったようです。

 

ですが・・(笑)

女性とは交わらない!しかも一生!と言ってる人が

男ならいいんじゃない!?っていうのもね・・(笑)

 

 

ま、考えは変わるとは思いますが・・

「一生交わらない」と言っておきながら

 

でも西郷隆盛って子供がいたよね?たしか・・

 

そうなんです。結局女性とも交わってるんですよ(笑)

結婚もしてますし。子供もいますし。

 

まあ別に犯罪ではないので、これを悪事というのかはわかりませんが・・

 

ちょっと意外というか

言ったことをそんなに簡単に翻しちゃうの?という疑問はありますよね(笑)

 

島妻制度で結婚して愛加那を置き去りに

奄美大島へ流されたとき・・斉彬が亡くなってほんの数年で

愛加那という人と結婚しています。そこで子をもうけています。

 

「島妻制度」というのが薩摩藩法で定められていたそうで

島妻制度とは、島にいる間だけの伴侶をもつことを許される制度だったそうです。

正式な結婚ができるものの、島を出るときには連れていけないというもの。

 

この愛加那さんは本当に気の毒な方で

西郷が呼び戻され島を出ることになったときには「共に行こう」と準備をしていたそうですが

「島妻制度があるから行っても追い返されてみんなに迷惑をかけるだけ」と祖母から説得され、結局島に残ることになったそうです。

 

まあ、一応認められていた制度の中での話ですから悪事といえるかどうかは微妙ですけど、愛加那さんにかなり辛い思いをさせたことは間違いないと思います。

 

愛加那と子供の生活が成り立つような手配はしてから去っていったそうですけどね西郷。

 

ちなみに、西郷と愛加那の間にできた子については、のちの西郷の3人目の妻となるいと夫人によって西郷家に引き取られることになり、西郷家の人間としてそこで教育を受けることになります。

 

その子である菊次郎は父とともに西南戦争に従軍するも怪我が原因で投降し命は助かります。

その後、西郷従道が引き上げて、台湾支庁長や京都市長を歴任したと。

 

うーん・・西郷従道や、いと夫人こそ「良い人」なんじゃないかという気が(笑)

 

愛加那さんは西郷と会うことは全くかなわず、子も手元を離れ非常にさみしく暮らしたとか。

台湾と日本を行き来する菊次郎がたまに島によってくれることだけが楽しみだったといいます。

 

まあ、薩摩の人にとっては「女性は格下」という意識が強かったということなんでしょうが

この話を聞くと、現代の女性で「西郷隆盛がイイ」という人がいたら

ちょっと「え?」と思いますよね・・(^o^;

 

さらに妻がいながら肥満女性2人にハマる

そして、「生涯不犯」を誓った男は、結局女遊びにもハマります。

いやいや、もはや、誓い破りまくりじゃないですか(笑)

まあ、「生涯不犯」を誓って願ったのに、主君の子は思うように健康ではいられなかった・・だから・・というのもあったのかもしれませんけど(^o^;

「一生」って誓ったら、そりゃうまくいこうがいくまいが「一生」守らなきゃダメでしょ(笑)

 

奈良屋というお茶屋の仲居のお虎

祇園の川端井末の女将お末

 

という二人の女性に言い寄るんです、妻がいながら。

もはや、この人ダメな人です。

 

・・とはいいつつ、この時代の有名人はみんな愛妾を囲っていたらしいんですけどね。

 

これは直接的には関係ないんですが

この二人、二人ともかなり太っていた女性だったとか(笑)

 

つまり西郷隆盛はデブ専だったんです(笑)

デブ専は悪事ではありませんが・・(笑)

 

「お虎の身体は最高」とか触れ回っていたそうですから

この人、本当にダメな人ですよね(笑)

 

薩摩御用盗というテロ集団に江戸で強盗・殺人・強姦・放火などを行わさせる

徳川慶喜が大政奉還をして、平和に政権移行を行うことができる可能性があったにもかかわらずやはり武力討伐をとこだわったことも悪事と言えるかもしれません。

 

また、勝海舟との江戸城無血開城の取り決めでも

その後に新政府軍に反発する藩を討伐することを勝に認めさせ

東北諸藩との戦争をそのまま継続したのも西郷隆盛。

 

「江戸を戦禍から救った」とも言われていますが

それは勝海舟が「そうしなければ、自分たちで江戸に火を放つ」と逆に西郷にやり返したからではないかとも言われています。

(経済の中心地である江戸の街を新政府は接収したかったので)

 

ただ、実はその前に、西郷隆盛の命令で

実にひどい犯罪が江戸の街では行われていました。

 

「薩摩御用盗(さつまごようとう)」です。

 

大政奉還が起こったあと、旧幕府の武力討伐を行うため

旧幕府側から戦争をしかけてくるよう仕向けるために行ったと言われています。

 

テロ集団をつくり、

 

・江戸市中で強盗・殺人・強姦・放火などの犯罪を行う

・大店を次々に襲って、家人らを殺害し、大金を強奪し軍用金とする

・江戸城の二の丸に放火

 

こういったことを、江戸の薩摩藩邸を根城にして行わせたというもの。

 

これが元で、鳥羽・伏見の戦いが起こったとされています。

 

 

ただ、最近の研究では、この薩摩御用盗には

西郷隆盛は関わっていないのではないか?というものもあります。

 

うーん・・もし関わっていたのなら・・

これは完全に悪事です。

 

最悪の犯罪者ですよね。

 

 

これもある説ですが、

西郷隆盛という人物は薩摩藩の裏工作を行う部隊のトップだった

という話があります。

 

だとすると・・こういうことやっててもおかしくはないですよね。。

目的のためなら手段は選ばないという非情さ。。

 

 

西郷隆盛という人物は、そもそもは

「日本をなんとかしたい」よりも「薩摩藩が日本の中心になるように」と考えて行動していた人物のように感じるところもありますしね。。

 

勝海舟と話をしてから「薩摩がどうこう言ってる場合ではない、日本をなんとかすべき」という考えにあらたまったとも言われています。

 

そうなると、幕臣だった勝海舟の考えの方が、よっぽど進んでる気がします。。

 

 

 

他の悪事として「坂本龍馬の暗殺、黒幕は西郷隆盛(薩摩藩)である」

というような話もありますが

最近の研究では、これは否定されているようです。

 

京都見廻組の犯行で、松平容保あたりの命令ではないかということらしく。

 

西郷は坂本龍馬が死んだときに「なぜ守ってやれなかった!」と土佐藩に抗議した

という話もありますしね・・

 

 

ただ、こうやって調べてみて

やっぱり西郷隆盛という人は「よくわからない人だ」と思いました。

 

たしかに成し遂げたことには評価されるべきこともありますが

坂本龍馬も、ざっくりいうと「相手に合わせる人間」というような評価をしていますし。

 

まあこれは良い意味でも、悪い意味でも取れる評価なんですけどね。

 

 

西郷が西南戦争を起こした逆臣として貶められていたのを

再評価して持ち上げたのにも、なんというか結局政府の何らかの目的があったような気がします。

 

もしかしたらそこまでの評価ではなかったものの

庶民の人気を集めるためにそういうヒーローを作り出したとか。。

 

 

良い人だったのか、悪い人だったのか。

英雄だったのか。人からの指図や圧力によってしか動けない凡人だったのか。

 

うーん。。どうなんでしょ?

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