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ひなぴし

会いたくて、会いたくてふるえるシンドローム。

今後の最新の記事は、ほとんど、顔だけ黄色い人というブログで公開しています。このブログもたまに更新します(笑)

#カルテット 最終話「死と乙女」選曲の意味とは?真紀の真意を考察

カルテット最終回では、軽井沢の大賀ホールでのコンサートが一番の見せ場だったのではないでしょうか。

 

この、ドーナツホールにとって「人生最大」かもしれないコンサートにおいて

1曲目に演奏する曲として早乙女真紀(松たか子)が選んだのが

「死と乙女」という曲。

 

たくさんある弦楽器で演奏できる曲の中から

なぜこのタイトルの曲を、しかも1曲目に選んだのか。

 

どんなアーティストでも、曲目というのは

選ぶ以上は意味を持って選ぶと思います。

 

たとえば選ぶ曲が決まっていても

その順番に意味をもたせたり。

 

だから、この「死と乙女」を選んだことにも意味があるはずなんです。

 

真紀はすずめから聞かれたときに「好きな曲だからだよ」と言ってましたが

あえてこの曲を選ぶ理由にはならないと思います。

しかも演奏時間が30分もあるとか(ドラマ内で別府か家森が言ってました)

すずめと真紀の楽屋での会話内容

別府と家森がトイレに行くといい、楽屋を出て行く

 

鏡をみて化粧をする真紀(左の顎にあるあざを確認する)

 

すずめ「真紀さん、1曲目ってわざとこの曲にしたんですか?」

 

真紀「うん?好きな曲だからだよ」

 

すずめ「真紀さんのこと疑ってきた人は、別の意味に取りそう」


真紀「そうかな?」

 

 

(真顔で)
すずめ「何でこの曲にしたの?」

 

 

(口紅を塗りながら)
真紀「こぼれたのかな」


真紀「内緒ね」

 

 

以上

 

 

こういう会話でした。

この会話内容を聞いて・・・真紀が「内緒ね」と言った時の

すずめの驚いたような、ちょっとこわいような

そんな表情をみると・・

 

ストレートにとると、

 

真紀は「義理の父を殺した」ということがこぼれてきて

選曲に現れてしまった

 

と言ってるようにとれます。

いや、むしろそのままとると、この受け取り方しかないと思いますが・・

 

でも、これって真紀だって絶対に気づくことではあるわけで。

さすがに「あ!殺したことを匂わせる曲名とは思わなかった」なんてことはないでしょう。自分の境遇を使って集客しているんだし。

 

もっと言えば、この場にいなかった家森と別府も、

すずめが手紙を読むシーンで、事前に「1曲目はこの曲にしたい」と言われており

曲名をみた瞬間にきっとすずめと同じことを思ったわけで。

 

だから、これってすずめだけが気づいたことでもないと思うんですよね。

 

でも、それでもあえてこの曲「死と乙女」にした理由とは何なのか・・?

 

こぼれたものが嘘なわけない

前回までは「こぼれる」という表現は「愛」に対して使われていました。

だから、同じ使い方なら愛のことを言っているという風にも思うんですが。。

 

そしてすずめが言ってました。

「こぼれたものが嘘なわけない」

 

そう、こぼれるほどのものは真実であると言ってます。

 

つまり、真紀から今回「死と乙女」の選曲で「こぼれた」ものは

真実だということなんですよね。

 

ということなので、

このシーンで真紀が言っていたのが何であれ

それは「真実」なんだということになるんだろうと思います。

自分で「こぼれたのかな」と言ってるわけですから。

 

「死と乙女」とは?

フランツ・シューベルトによる歌曲(リート)。

詩はマティアス・クラウディウスによる。

病の床に伏す乙女と、死神の対話を描いた作品。
乙女は「死」を拒否し、死神に去ってくれと懇願するが、死神は、乙女に「私はおまえを苦しめるために来たのではない。お前に安息を与えに来たのだ」と語りかける。ここでの「死」は、恐ろしい苦痛ではなく、永遠の安息として描かれている。ドイツでは、昔から「死は眠りの兄弟である」とよく言われており、ここでの「死」も一つの永遠の安息として描かれている。 

死と乙女 - Wikipedia

 

別に、乙女が誰かを死に至らしめる話ではないんですね。

むしろ乙女自身の死期がせまっていて、そこにやってくる死神との会話の話。

そして死神が与えるのは「死」という名の永遠の安息。

むしろ死をプラスにとらえたような話である

 

「死と乙女」選曲の理由候補

Twitterでの考察ツイートや自分の考えをまとめてみました。

これらを並べて見てみて、真意を考えてみたいと思います。

 

1.義父を殺したことを匂わせる

まさにすずめが言ったとおり、

「疑惑をもって来場した人に、そのまま疑惑を確信に思わせるような選曲」

死と隣合わせの乙女ですよ。

しかも、真紀は「早乙女」という戸籍を使っていたので「乙女」=「早乙女」ととらえやすい。

ただ、仮にそうだとして、これをやることの意味が真紀にとってあるのかが疑問。

あるとすれば、自分への罰なのか(犯罪として罰せられはしなかったが罪悪感があって、こうやって晒し者になることで少しは自分の罪悪感を緩和しようとしている)

もしくはもっとヤバくて、「逃げ切った」ということをアピールしたいのか。。

 

ただ、普通に損得で考えたら、こんなことをあえてアピールする意味は

全くありません。

まして、不起訴になった直後でなおさら。

 

それとも、カルテットの他の3人を試したかったのか??

 

 

2.真紀は病気で死期がせまっている

一部で、真紀が脳梗塞かなにかの病気なのではないか

というような情報がありました。

 

すずめや真紀が、真紀の指を気にするシーンがあって

脳梗塞だと手足がしびれるという話があるので・・

また治療中は指を動かしたりする

 

しかも、「死と乙女」は曲の内容からすると

乙女自身に死がせまっている内容。

 

そのままとれば、そういうことなのか?と。

 

ただ、指を気にするシーンというのも

すずめが真紀の手をにぎるところでは、おそらく手の荒れを気にしただけかなと思いましたし(そのあと白髪をみてました)

真紀が演奏前に指をさわっていたのは、元々のルーティンであった指輪をつけかえるをやろうとしたけどすでに指輪がなかった、というだけかなと思います。

 

さすがにこの病気説が飛躍しすぎな気が・・

どこかで他に、病気の前兆みたいなシーンありましたっけ?

 

ちなみにパセリの花言葉に「死の前兆」というのがあり

唐揚げパセリと、真紀が病気なのか説にはつながりがあるようにもみえます。

まあ「お祭り気分」とかいうプラスの意味もあるみたいですけどね。

 

真紀のアゴにできているアザについては病気ではなさそう。

第1話で、ヴァイオリンを持つことによってできる

という話が紹介されていました。

まあ普通に考えたら、またこれかなと思うんですが

実は・・もしかしたら、このアザは、義父につけられたケガの痕だったりして。。

そうすると、どちらかというと、

やっぱり「殺した説」の方が有力になりそうな気もします。

すずめと会話する直前に、このアザを確認してますしね。

 

3.別府司への告白

こちらも深読みしすぎでは?という気もしているんですが・・

「死と乙女」→「しとおとめ」→「司と乙女」

 

ということで、別府司と早乙女真紀を表しており

実は別府への告白なのでは?という説。

 

うーん。

ちょっと唐突すぎる気がしますね。

正直、進展しそうな雰囲気もないし、

むしろ最終話では恋愛の「れ」の字も出てきませんでしたよね。

家森がすずめに「コロッケデートしてくれるの?」というぐらいで(笑)

すずめから別府への愛情も消え失せたかのような。

 

でも、もしこの「司と乙女」の意味で、すずめも意味を取ったとしたら

すずめのちょっと怖い表情も、ある意味では納得できる部分もあります(笑)

まあ・・それでも、もともと別府と真紀の仲がうまくいくように行動していたすずめですから

もしこういうことなら、きっと祝福するんじゃないでしょうか。

 

そういえば、別府だけおみくじが凶でしたけど、仕事を辞めるということで

ひとりだけ前より状況悪くなってるからだったんですね(笑)

#カルテット 第8話おみくじから予想する恋の行方、真紀・すずめ・別府・家森 - ひなぴし

 

4.新しい人生の幕開け

「死ぬなら今かな」とまで言っていた真紀です。

自分の人生をリセットすることを「死」と表現することもありそう。

このコンサートを持って、今までの自分は死んだ

死神を受け入れて、これまでの自分は永遠の眠り(安眠)につく

そして、新しい人生をスタートする

というのはかなり前向きな感じですけど。

 

でも実はこれが、「義父を殺した説」についで有力かなと思っています。

 

この曲の次に演奏されるのがドラゴンクエスト序曲ですよね。

第1話と同じ、

この曲はドラクエの最初に流れる曲であり、「冒険の始まり」を告げるものだと思います。

 

だからここがスタート。

 

そしてその次が、「教会でのセーブ音」

これまでは「レベルアップ音」をやっていたのにここではセーブ音。

セーブ音が流れることには意味があるはずです。

 

セーブをしたらどうなるかというと、

「もうここから前には戻れない」→前に進むしかない

 

だと思います。

 

過去の自分を捨て、新しい自分を生きていく

そして、「夢を趣味にするタイミングがむこうから来たんです」

というのを振り切って、夢を叶えようと行動した真紀は

 

完全に前を向いていて、信じたものを貫きたい=夢をおいかけたい

そうやって生きていくことを決意したのかもしれません。

 

そうだとしたら、このコンサートが終わったあとからの

カルテット・ドーナツホールは

おそらく音楽を趣味にすることなく、キリギリスとして

どっぷり夢の沼にハマっていくんだろうなと。

 

そういうことが想像できる結末ラストだったようにも感じました。

 

 

5.「飯と音」

これはすごい並び替えですが(笑)

たしかに。

「死と乙女」→「しとおとめ」→並び替え→「めしとおと」

 

 

「死と乙女」選曲の真意は?

このドラマ全体にかかることですが

「白黒ハッキリさせない」

グレーでもいいじゃない、ということ。

 

そういえば、家森は

ノクターン(のくた庵)の谷村夫妻から

「真紀さんは無実だよね?」と言われたとき

「どうでしょう??」と言ってました。

 

たしか記者から話を聞かせてほしいと言われたときは

「あやしいところがなかったから不起訴になったんでしょう?」と否定していたのに

谷村夫妻には「どうでしょう??」と。

これは本音なんじゃないでしょうか。

 

つまり、家森も「やってるかもしれないし、やってないかもしれない。でもやってるかもしれない」

という思いがあるということ。

 

でも、それはハッキリさせないんですよね。

そうやって生きていくのが大人

 

 

すずめは少なくとも、「お義父さんを殺したんだ」と思った風でしたけど

それは結局ハッキリさせません。

 

そしてハッキリさせないままに生きていきます。

ハッキリさせたらそこで終わってしまうかもしれないし。

 

本当の理由は、実はすずめが思った理由とは違うかもしれない。

でも何が理由でも、もうどうでもいい。

 

 

大人は秘密を守る

 

 

ぼくは「4」の新しい人生の幕開け説を押します。

 

実はすずめはきっと、楽屋での会話では「1」の義父を殺したと感じたと思うんですが

おそらくコンサートが終わってみて、すずめとしても「4」かなと感じたんじゃないかなと思います。

 

本当のところはやっぱりわからないんですけどね。

 

でも曲目の流れから考えると

そういう風に想像ができそう。

 

想像できるなら、それでいいんじゃない?

 

殺したか殺してないか

ハッキリさせる必要なんてないのでは?

 

 

ぼくたち、わたしたち

 

煙突から出る煙のように、グレーで生きていこうよ

 

 

最後に、おとなの掟を確認しておきましょう(笑)

 

 

おとなの掟

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