ひなぴし

会いたくて、会いたくてふるえるシンドローム。

井伊直虎と同年代の戦国武将は誰?生年月日、死没、石高は? #おんな城主直虎

大河ドラマ「井伊直虎」を毎週観ています。

去年の真田丸で、大河ドラマを久しぶりに見続けたのですが、

その習慣で。。

 

 

…といっても、この「おんな城主直虎」は結構面白いです。

 

 

面白さを表現するのは難しいんですが…

 

実在した人物の話でありながら、そう感じさせない、というか(笑)

 

歴史上の人物なので、多少のフィクションはあっても基本的には史実に則って作られているんだと思いますが

 

正直、この戦国時代の井伊家のことなんて、ほとんどの人が知らない(笑)

むしろなんでこんな無名な人が大河ドラマの題材に選ばれたのか?と疑問に思うほど、知りません。

 

日本史の教科書に名前が出てくる人ではないですしね。

 

井伊家というと、井伊直弼ぐらいは聞いたことがあると思いますが、

その先祖、というぐらいのものです。

 

松平元康(のちの徳川家康)、今川義元・氏真、あとは今の所名前だけ出てきている織田信長

 

は、「直虎」に出てくる武将で知ってる名前ですが、

ポイントポイントで登場してくるだけで、

大部分は井伊家の、さらに無名な(笑)家臣たちとの話が主です。

 

なので、

 

「先が読めない」感じが面白いんですかね。

大きな歴史の流れは知っているけど、そこに至る過程で井伊家がどうしてどうなったのかまでは、事前知識としてはほとんどないので。

 

それで観ていて面白いのかなと。

 

あとは「よく知られていない」人の話なので、

脚本の自由度も高く、本当にあったかどうかわからないことも、感動的に描くことができる

という点がいいのかもしれないですね。

 

それは違うやろ!!

 

という否定ができるほどの証拠も存在してないので(笑)

そうかもしれないし、そうではないかもしれない

というところです。

 

まあ、、

 

そもそも「井伊直虎」が女性であった

という確たる証拠すら無いので、

 

ある意味では

 

「井伊直虎がもし女性だったら、こうだったかも」みたいな物語になっているのかなと思います。

 

真田丸では最新の研究から出てきた新たな解釈がたくさん取り入れられていましたが

 

どうやらそれとも違う方向性なように思います。

 

 

…ということで、

 

 

無名な井伊直虎ですが、

 

では、この井伊直虎は、

 

みんなが知ってる武将たちと比較したら

いったい誰と同年代の人だったのか??

 

というのを調べてみました。

 

 

井伊直虎が遺した最も大きな功績は、

井伊直政という有能な子供を家康の家臣にして

家を現代まで存続させる基礎を作った

 

ということです。

 

 

例えば、伊達政宗みたいに、

「もしかしたら天下を取っていた」みたいな人では無いと思います。

 

なので、まあ有名武将と比較しても

同じようなことができたわけではないし、

張り合えるような力は到底ない上

そういう有名武将から一目置かれていたわけでもないんですけどね。

 

長生きしてたらもっと有名になっていた、

ということもおそらくないでしょう(笑)

 

 

ただ、同年代の武将を知ることで

 

より深く、井伊直虎が生きていた時代を理解できるのかもしれないなと。

 

 

たぶんそれがわかると

井伊家のスケール感がわかるかなと。

 

おそらく「極小」の範囲の領主である

ということなんでしょうけども😓

 

http://odajorighee.tumblr.com/post/159303700666/第13回城主はつらいよ-あらすじ-nhk大河ドラマおんな城主-直虎から

 

井伊直虎と同年代の戦国武将は?

井伊直虎(大河ドラマで演じているのは柴咲コウ、次郎法師、おとわ)は、実は産まれた年が正確にわかっていません。

 

…というぐらい、

正直よくわからない人なんですよね(笑)

 

でも、おそらく

1530年代前半であろうと言われています。

 

有名な大名クラスの人だけ、生まれた生誕年を挙げていくと・・

 

1515年 北条氏康

1519年 今川義元

1521年 武田信玄

1530年 上杉謙信

1533年 島津義久、朝倉義景

1534年 織田信長

1537年 豊臣秀吉、足利義昭

1538年 今川氏真、北条氏政、前田利家、鍋島直茂

1539年 長宗我部元親

1540年 豊臣秀長

1543年 徳川家康

1547年 真田昌幸

 

 

上杉謙信も近そうですが、ちょっと上っぽい。

北条氏康、今川義元、武田信玄という

三国同盟的な辺りは世代でいうと、1つ上の世代です。

 

で、秀吉はちょっと下ぐらいですが

家康は世代単位で1つ下という感じ。

 

ちなみに、昨年の大河ドラマで主人公だった真田信繁(真田幸村)の父

草刈正雄さんが演じていた真田昌幸は、井伊直虎からみるとかなり下になります。

 

なので、真田丸のドラマの世界とおんな城主直虎の世界は

ほとんどかぶらない、というのがわかりますね。

 

 

 

こうやってみてみると、井伊直虎と同年代かな?と思われるのは

ほぼ織田信長・・ですかね。

 

おんな城主直虎の中では、父と、井伊家の上司である今川家の当主、義元が亡くなってしまう戦いとして桶狭間の戦いが描かれていました。

織田信長の名前が知られるようになった契機となった戦い。

 

井伊家にとっての一大事であるのと同時に、織田家にとっては出世の第一歩というところでしょうか。

井伊家はそこから当主がいなくなり・・直虎が当主となって

でも混乱はおさまらずに最終的には井伊谷から一度追い出されてしまいます。

それが1568年頃・・その頃には信長は美濃を攻略し終わり、そこから上洛を開始します。

 

1570年に小野但馬守政次を家康が処刑、1573年に井伊谷を奪還

その頃の信長は浅井朝倉連合軍との戦いから、足利義昭を追放して室町幕府が終わる。

 

1575年に養子である直政(虎松)を徳川家康に仕えさせました。

この年に、織田徳川連合軍と武田軍との長篠の戦いが行われています。

 

1582年8月26日に直虎は死去

その年の4月3日に武田勝頼が自害し武田氏が滅亡、6月21日に本能寺の変で織田信長死す

 

 

こうやってみてみると、

やっぱり井伊家はかなり大きい大名に囲まれて右往左往した一族だったことがよくわかります。

 

昨年の真田家も大きい大名の狭間で苦労した一家の話でしたが

おそらく真田家よりももっと小さい領土だったのではないでしょうか?

 

井伊直虎の治めた井伊谷の石高は?

多く見積もって、1万石〜1万5千石ぐらいではないかと思われます。

といっても、井伊直虎の時代には「石高」という計算はしていなかったようなので

正確には不明です。

秀吉の行った太閤検地からあとで石高制に移行したと言われています。

 

なので、のちの時代の石高から想像すると・・

 

遠江が秀吉の時代頃、25万石

その頃浜松城主となった堀尾吉晴 12万石

 

で、井伊谷は浜松の一部分といえるので

おそらく1万石程度ではないかと思われます。

 

といっても、これも直虎の時代よりもあとの時代の話なので

正直、もっと少ないかもしれません。

 

ちなみに、昨年の大河ドラマ「真田丸」での主人公・真田信繁の父、

真田昌幸が領していた土地の石高は、おそらく6万5千石程度であろうと言われています。

(上田と沼田を合わせて)

 

真田家は豊臣の時代になってからはもっと大きい家になってますから・・

比較するとしたら昌幸が武田家臣だった頃かなと思いますが、その頃で6万5千石。

と考えたら、真田家ってそんなに極小の家ではなかったんですね・・(^o^;

立派な大名家(笑)(1万石以上は大名だと思います)

 

それと比較すると、井伊家は弱小(笑)

そりゃ、吹けば飛んでしまうような家だ

ということになってしまいますよね。

 

大河ドラマ「おんな城主直虎」の中では

今川家が再三にわたり井伊家を気にしていますが

所詮弱小領主、という程度にしか思われていなかったでしょう(笑)

 

まあそうはいっても、今川家によって当主を暗殺されたりしてますけど・・

(直虎の許嫁だった井伊直親)

 

 

 

それにしても、

 

信長がその勢力を大きくすることになった桶狭間の戦いによって

井伊家はその時の当主を失い路頭に迷い(直虎の父、井伊直盛)

信長がその勢力を大きくしていく最中、井伊家は一度家がなくなり

やっとのことで家が再興できて良かった・・となった矢先、

信長にとっては武田氏を滅ぼしてほぼ向かう所敵なしとなった矢先・・

信長も直虎も死ぬという(笑)

 

織田信長と井伊直虎自体は

直接やり取りすることはほぼなかったんじゃないかと思われますが

なんとも運命的なものを感じますよね。

 

「直虎」での信長、家康役について、秀吉や真田は?

 

その織田信長は、「直虎」では市川海老蔵さんが演じるそうです。

直虎と「表と裏」みたいな関係なので、どういう風に演じられるのか楽しみですね。

 

そういえば、徳川家康は阿部サダヲさんが演じていますが

真田丸では内野聖陽さんが演じていました。

真田丸での徳川家康は若い頃よりも、どちらかというと歳をとってからのイメージが強かったですよね。

それは真田信繁(堺雅人)からみたら世代が上の人だからだと思います。

 

「直虎」においての徳川家康は、本能寺の変で信長が死んで、命からがら三河へ逃げ帰る、というところまでしか描かれないと思われるので、どちらかというと若い時しか描かれません。

本能寺の変の時で家康は39歳ですかね?

 

阿部サダヲさんは家康が16歳ぐらいの時からの役を「直虎」では演じているので(笑)

内野聖陽さんとはまた違う家康像を作り上げられることは間違いないと思います。

(まだ天下人になると想像もされなかった時代で終わる)

 

 

そういえば、豊臣秀吉は・・・直虎では登場するんでしょうか(笑)

 

秀吉も、仮に登場しても

さほど活躍はしないでしょうから・・

名前だけ?かもしれませんね。

 

 

きっと真田信繁は登場しないでしょう(笑)

 

「真田丸」においては、実は井伊直政は登場してもおかしくなかったのですが

登場しませんでした。

きっと今年の大河ドラマが決まっていて、真田丸で変に出してしまってイメージがつくと、

次の大河がやりづらくなる、という配慮からだったのかもしれません。

 

逆に、「直虎」にも真田家は出てこないんでしょうね。

 

まあ・・真田家は、井伊家にとってはあまり関係ないところで生きていると思うので

登場する必然性もないと思いますけどね。

関連記事
スポンサーリンク

ひなぴし 顔だけ黄色い人 テーマパークのブログ 鉄道のブログ 日本史のブログ
このブログへメール 削除依頼について