ひなぴし

会いたくて、会いたくてふるえるシンドローム。

立ち止まって幸せについて考えてみる

幸せだなぁと思う瞬間ってある??

 
これを普段から感じられる人は、幸せだなと思う。
 
 
幸せって難しいよね。
 
どうなったら幸せなのか。
 
 
口に出すのは簡単だけど、本当に幸せと感じるために越えなきゃいけないハードルって、結構多くて高いんじゃないかと。
 
 
 
人間って欲張りだから…
 
なかなか満足はできない。
 
 
でも、全てに満足している状態というのと幸せな状態は必ずしもイコールではないと思う。
 
 
全てに満足している状態なんて、訪れるんだろうか。
 
これって例えば、
 
お金も地位も名誉も獲得した人が全てに満足しているかというとたぶんそうではない。
 
逆に、全てをあきらめた人なら、全てに満足することは容易かもしれない。
 
 
大抵の人は、お金や地位、名誉…成し遂げたいことを目標にして日々何らか努めていて、たぶん道半ばなんだろう。
 
だから多くの人には、全てに満足している状態はなかなかやってこない。
 
だから目の前にある小さい目標の達成に少しずつ満足することで、満足感を得ている。
 
満足感をこうして日々少しずつ感じられている人は、そこそこいそう。
 
 
 
同じことを、対象を幸せに変えてできるかというと…たぶん結構難しい。
 
 
日々小さな幸せを積み重ねて、少しずつ幸せを感じる…て、できる?できてる??
 
 
いや、
そもそも幸せって何なんだと。
 
 
満足感とは分けて考えるなら、たぶんもっと大きく、広く、あたたかく満たされる状態を幸せというんだろうなと想像。。
 
 
…よけいに、わからなくなるww
 
 
 
幸せという言葉とよく一緒に使われる言葉として、あの頃は という言葉がある。
 
あの頃は幸せだったな
 
 
その時はたぶんわからなかったということ。
 
けど今ならわかる。
あれは幸せだった。
 
 
今とその時、何が違うかというと、
 
自分目線なのか、第三者目線なのかということ。
 
 
自分では幸せという状態にはなかなか気付けない。
 
人をみてみたら、「あの人幸せそうだな~」と思う。
 
 
ってことは、幸せだと思えるということは
自分を第三者目線でみられているということなのかな。
 
 
 
今の自分の置かれた状況を、第三者目線でみてみたら・・・
 
意外と幸せを感じられる人は多いかもしれない。
 
 
 
いやでも、これって「感じる」って状態なのか・・
 
自覚がなければ意味がない気もするけど。。
 
 
でも、あとから
 
「あの頃は幸せだったな」
 
と思うんだったら、その時そう思っていないということはとってももったいないと思う。
 
 
 
あ、自分って今けっこう幸せかもしれない
 
と思うことがあった。
 
 
それは、人からもらったメールを読んでみて。
 
 
そのメールの、その人の状況が
とても幸せな状態だろうな~と感じた。
 
 
その人の体験談が書かれたメールだったが
それはその人が今の自分と同じ境遇にあった時の、過去の体験談だった。
 
 
あ、こういうことを幸せって言うのかと。
その瞬間に気付かされた気がする。
 
 
「満たされている」というのとは違う「幸せである」という自覚。
 
これが普段から実感できたら、人生もっと豊かで楽しく、周囲にも良い影響を与えられる人になるんだろうなと。
 
 
本当は高くて多いハードルなんてなくて、
幸せを実感しようとする意欲こそが大事なのかな。
 
 
言いたいことが言えたのか不安になる、とりとめのない文章になった。
 
・・いつもだけど(笑)
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