ひなぴし

会いたくて、会いたくてふるえるシンドローム。

木梨憲武が盲腸で死亡、木梨憲武を偲んで(とんねるずのみなさんのおかげです )

タイトルを見て驚いた方、スミマセン(笑)

これはネタです!!コントです。

 

「らとんねるずのみなさんのおかげです」

木梨憲武を偲んだ回です。

 

ただし、あくまで本人たち、とんねるず自身が行ったものなので

あしからず。。

 

とんねるずのみなさんのおかげです

は、のちに

とんねるずのみなさんのおかげでした

に番組名が変更され、そして現在では終了・・・

 

 

これを地上波のテレビで、普通に放送してたというのが驚き以外の何者でもないんですけど😓

今だったら、不謹慎だ!!

と、芸能活動自粛しろぐらいの騒ぎになりそうですけどね(笑)

 

これ、いまだったら確実に怒られる・・

というよりも放送できないんじゃないのかなと。

 

リアルタイムでみた覚えがあるけど、

こどもだったので、けっこう信じた気がする。

木梨憲武を偲んで、葬式企画

木梨憲武の盲腸緊急追悼特番とは?

このコントですが、内容が内容なだけに大騒動になりました(笑)昔の緩かった時代で大騒動だったわけですから・・もし今やったら大変なことになるんでしょうね。概要を

書いてみます。


・放送日:1991年10月31日(木梨が盲腸による休養から復帰することになっていた)

・番組冒頭から『緊急放送!盲腸で倒れる 木梨憲武さんを偲んで…』というタイトルで、木梨が「死亡した(と思われる)」設定の元、生放送で追悼特番を模したドッキリを放送

・石橋貴明と野崎昌一(フジテレビアナウンサー)が、深刻な気配で木梨について静かに語る

・2分半程経過したところで、青のジャージを着た木梨が現れる

 

という感じのコントでした。

木梨登場後もしばらく無視して石橋と野崎はしゃべるのですが途中で吹き出してしまい木梨が「音も止めなさい、セットも変えなさい!」と言い、セットチェンジ、そこからは『木梨憲武盲腸記念'91 憲武を笑わせろスペシャル 爆笑総集編』のタイトルが表示されました。

 

木梨「退院しておめでとうってなるならわかるけど何やってんの」

石橋「おまえが先週、撮り(撮影)こないから、今週オンエアする分がないんだよ!オンエアする分がないからなんとかして視聴者の目をごまかさないといけないなとなったんだよ。

木梨「ごまかすもなにも、だいぶよくなりまして。今日退院いたしました。どうもありがとうございました」

 

というやり取りがありましたが、ここで、元々は野崎ではなく、露木茂の出演を予定していたが逃げてしまい、アナウンス部長の野間脩平にも逃げられたということが明かされました。また森光子さんも呼ぼうとしたが断られたと。(野崎さんは『プロ野球ニュース』の生放送で本番前待機中だったところ急遽呼ばれたそうです)みなさん、懸命な判断だったと思いますね・・。

 

本編部分の会話を書き出してみます。

 

野崎アナ「こんばんは、野崎昌一です」

石橋「石橋貴明です」

野崎アナ「今日午後5時30分過ぎ、タレントの木梨憲武さん、盲腸のために信じられないことになってしまいました。本日は通常のみなさんのおかげですの番組内容を変更いたしまして、<木梨憲武を偲んで>と題しまして、特別番組をお伝えしてまいりたいと思います。なにしろ突然のことでした。我々関係者一同も本当に驚いたんですが、お茶の間の人気を集めていた人物だけに、日本のこれからのコメディ界にとって大変大きな痛手になると思うんですね、石橋さん」

石橋「そうですね、昨日は日本テレビの番組に生出演で、一応盲腸の手術後はじめての仕事で、関係者含めてですね、体がベストな形になるまでは芸能活動は控えておいたほうがいいと言ったんですが、やはり本人の強い希望で昨日は出演したんです。そういった意味では、10何年か一緒にやってきた僕から言えるのは、はげる前にしねてよかったな」

(木梨背後から登場)
木梨「何言ってんの?」

石橋「本人はですね、まだ結婚してませんでしたし、これからの未来っていうものが非常に開けていたですよ」

野崎アナ「そうですね」

石橋「未来が開ける前に額が開けちゃったということですね」

石橋「それでこういった形でみなさんのおかげですのファンの方にも、木梨憲武の今日の1時間でですね、胸に刻んでほしいですね」

野崎アナ「そうですね」

木梨「なに刻むの?ねぇ?」

石橋「本当にあの、コンビを組んでた僕からも本当に安らかに眠ってほしいですね」

木梨「眠んねーよ、この野郎」(石橋の頭を叩く)

「木梨憲武さんを偲んで・・」騒動事件に

内容が内容なだけに色々ルールが緩く、世間の追及が強くない時代だったとしてもやっぱり騒動になってしまいました。

放送中からフジテレビには「本当ですか!?」との質問や「ふざけるな!」等の抗議の電話が約800件と殺到したそうです。

遺影(のような)写真、大きな祭壇を組んだ追悼セット、暗いBGM、現役局アナの出演など、あまりにも悪ふざけが過ぎるとの声がありました。

もし現代だったら、Twitter等が大荒れするんでしょうね・・そして出演者が謝罪して活動自粛や番組終了に・・となってしまいそうですが、この時代は電話がかかってくるだけなので、受け流せますよね。


もし本当だった場合、人気タレントのとんねるずなら新聞やニュースで大きく取り上げられるので、ネタであることが誰にでも分かると制作スタッフは踏んでいたそうなのですが、この日の昼の番組『タイム3』に木梨憲武本人が生出演したこともあり、「緊急」という感じで視聴者を信じさせる要素もあったと思われます。

 

本編前に木梨憲武の生涯を辿るナレーションがありましたがそこでは「あまりにも短い生涯であった」という一節が放送されていました。ただ、放送内において野崎は「死亡した」とは一言も発しておらず、代わりに冒頭で「信じられないことになってしまいました」と表現していました。まあそれでも・・

 

木梨憲武さんはのちに「親戚のおばあちゃんに凄い怒られた」と語っていたそうです。

この日の放送の視聴率は23%だったそうで、相当な人が信じたのではないでしょうか。

「木梨憲武さんを偲んで・・」企画はどうやって?

「遺影」の写真は、マネージャーが番組スタッフから「木梨のさびしそうな表情の写真はないか」と頼まれ運転免許証の写真をモノクロで引き伸ばして使用したそうです。

 

石田弘プロデューサーが「普通に復帰するのは面白くないから」という理由でこれを企画したとご本人がのちに語られていたようです。(「あれくらい怒られたことはない」という振り返りとともに)

フジ・石田弘EP、大いに語る -『とんねるずのみなさんのおかげ』30年続いてきた"悪ふざけ" (2) 一番怒られた「木梨憲武さんを偲んで」 | マイナビニュース

 

なお、この企画の元になったといわれている企画があります。

1981年3月13日金曜日「吉田拓郎死亡放送事件」といって、こちらはラジオですが、出演できなくなった吉田拓郎さんの代わりを務めた方が放送内で「死んだ」とは言わないものの完全に「追悼」の内容で放送したそうです。

リスナーの問い合わせの電話は鳴り続け、マスコミも駆けつけたとか。

約30分後に「これは冗談です」と言った後、本当の事情を説明し、自宅で療養中だった吉田拓郎と電話をつないでやりとり、妻も登場したがそこからは抗議の電話が殺到したとか。

吉田拓郎のオールナイトニッポン - Wikipedia

このときも「行き過ぎ」「悪いシャレ」と新聞に書かれたそうですが・・

それをテレビに持ち込んでしまったということですね・・

 

www.dailymotion.com

 

もしかしたら、こちらでフル動画が観られるかも・・?

www.youtube.com

 

ちなみに、この「木梨憲武を偲んで」で使用されたBGMが「奇跡体験アンビリーバボー」でも使われていたりするようです。

 

もう1点、SMAPの謝罪がフジテレビ「SMAP×SMAP」で放送されたことがありましたが、あのときにこの「木梨憲武を偲んで」企画を思い出した人がけっこういたそうです。

 「SMAPがこんなことになったなんて、ネタだ」と思いたい、というのもあったんですかねぇ・・

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