これは有名なエピソードなので知ってる人も多いと思いますが、知らない人もいるかと思いまして。
こういう小ネタエピソードは、三谷幸喜さん脚本だったら…入ってきそうな気がするんですが…
山本耕史・石田三成は、これ、言ってくれますかね??
どういう話かというと
関ヶ原の戦いに敗れて捕らえられ、
市中引き回しの上、京都六条河原で斬首されることになった石田三成。
六条河原へいく道すがらとも、
斬首直前とも言われますが、
喉の渇きを感じ、三成は「水をくれ」と頼んだそうです。
罪人の言うことなんて聞くか!?ってことはなくて、無理な話でなければある程度は聞き入れられるみたいで。
ただそこには水がない。
そこで、近くの家から生えていた柿の木から、柿の実を取り、
「これで我慢せよ」と言われたとか。
普通の人なら、
(柿を食べられるなら、それもいいか…)
と思ってしまいそうですが、
石田三成はここでこれを断ったとか。
その理由は
「柿を食べると冷えるため身体に悪いから」
というものでした。
えっと…もう、死ぬんですよね??(^_^;)
周りからも相当嘲笑われたそうです。
「今から斬首になる人間が、このあとの身体の心配をして何になるのか」と。
石田三成って、
現代に伝わっている色々な話は、たいてい
悪い、汚い、こすい、せこい
みたいな話がほとんどなんですが、
これはやはり、
その後の徳川江戸幕府を正当化するために、
その成立時に敵として存在していた石田三成を
悪者に仕立て上げないと都合が悪かったからではと言われています。
最近では、石田三成の評価は少しずつ変わってきているみたいですけどね。
ただ、何も資料が無いに等しいので
(歴史の勝者によって改ざんされ)
本当のところはわからないみたいですけど。
柿を断ったという話も、どちらかというと
「最期まで悪あがきをする三成」
みたいなイメージ作りからきてるのかな?
と思いますが
これって現代人からすると、
「結構いいこと言うな〜〜」と思いますよね(笑)
要は、本当の、最期の最後まであきらめない
ということですもんね。
「将たるもの、最期まで望みを捨てずに、生きて忠義を尽くす道を進むべき」
そういうことを三成は言ったそうです。
たしかに。
もしかしたら、
斬首の瞬間に大地震が来て、死刑どころではなくなり逃げられるかもしれないし。
もしかしたら急に家康が変な病にかかり
秀吉の怨霊ではと、急に三成を許すかもしれないし。
(関ヶ原時点では、表向きは徳川家康は石田三成の敵ではあっても、豊臣の敵では無いかもしれませんが(^_^;)加藤清正さんかも東軍だったし)
とにかく、
たしかに何があるかわからないわけですもんね。
よく、石田三成は
頭はキレるが、人の気持ちがわからない
冷徹なやつ
みたいなイメージがありますけど
いろんな人が家来に欲しがった、島左近を石田三成は自らの家臣に加えることができたりもしていますから、
本当にそういう、ひとの気持ちをつかめないような人だったのかは…やっぱりわかりません。
まあ…豊臣家への忠義という
自分が信じる道を進むためなら、自分が悪者になることは厭わなかった人
ということになるんですかね??
明智光秀もそうですが、
勝者によって悪者にされてる人の本当の姿って…
なんか興味わきますよねー
賢いがゆえに、世の流れに身を任せられずに
自分の信じる道を行こうとしてしまったんでしょうねえ…三成も、光秀も。
僕も、柿は断る方でいきたいと!!
…あ、でも、果物好きなんで、無理か(笑)
僕は柿が身体に悪いとは思いません!
消化は良くなさそうなイメージですけど(笑)
最後まで何があるかわからない
むしろ、最後こそ何かが起こるかもしれない
夏の甲子園、高校野球だって、
9回2アウトからドラマが起こったりするわけですしね。
あとは運なんだろうと思います。
そういう意味で考えると、石田三成は、運がない人だったんですね。。
そこが、三成が一流になりきれなかったところなのかなぁ・・