読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひなぴし

会いたくて、会いたくてふるえるシンドローム。

メレブは呪文を唱えた「あまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるあまぞんやすすぎるいやまじで

となりのトトロ・池に落ちていたサンダルはメイのモノではなかったのか検証してみた、サツキも死んだという都市伝説もあるけど。ジブリは公式見解を発表済み。

アニメ

スポンサーリンク

となりのトトロが金曜ロードショーで放送されました。

僕はジブリのアニメは普通に好きですが、「特別に好き」というほどでもなく・・

 

ただ、今回は、

4歳の息子が、ほぼ初めて「ちゃんと」となりのトトロを観ることになりそうだったので

一緒に観てみました。

 

その前にも一度観せてみたことはあって、

存在は理解していたと思うんですけど、やっとセリフがちゃんと理解できそうな年齢になったので、あらためて。

 

やっぱり子供は

マックロクロスケとかトトロの可愛さに夢中になるみたいです(笑)

 

観終わったあとも、何度もその話をしていました。

 

 

 

 

 

 

ただ、大人がとなりのトトロを観ると

とくに後半は、ちょっと切ない感じの話なんですよね。

 

簡単なあらすじですが。。

 

----------------------------------------------

療養中のお母さんが一時帰宅するはずの予定だったのが

急に電報が届き、体調が悪いから一時帰宅は延期になるという知らせ。

 

その電報の内容を確認しようと電話をかけにいく際に

サツキに無理矢理ついていったメイが、まず一度迷子になりかける。

(しかしこの時は奇跡的に迷子にならずに、サツキに再会できる)

 

その後、母親が帰ってこられないという知らせから

「本当は母は死んでしまうぐらいの重病なのでは」と不安になるサツキ。

 

サツキが、良くしてくれている隣のおばあちゃんの胸で泣いているのを観るメイは

何かを思い立って家を飛び出す(おそらく、お母さんに渡そうと思っていたトウモロコシを届けるために直接、お母さんのいる七国山病院へ向かった、大人の足でも片道3時間はかかる距離)。

 

 

メイがいなくなったことに気づいたサツキとおばあちゃんが、

メイの捜索を始める。

 

サツキ「さっきメイとケンカしたの・・あの子、お母さんの病院に行ったのかも!?」

 

最初は「メイのバカ!すぐ迷子になるくせに!!」と怒っていたサツキも

なかなかメイがみつからない状況からどんどん不安になる。

 

どんどん辺りは暗くなって・・

 

 

七国山方面から来た人は、そんな小さい子はみていないという。

たぶん道を間違えたんだ・・

 

そのとき「新池でサンダルがみつかった」という情報を聞く。

 

 

メイのものと決まってないぞ!!

と言われるも、超不安になったサツキは新池へ向かう。

 

新池では、池の中にメイが落ちていないか大人たちが捜索中。

おばあちゃんは念仏を唱えている・・

 

ふるえるおばあちゃんが「これじゃよ・・」とみせてくれたサンダルをみたサツキは

「メイんじゃない」

 

このあと、森の中へメイを探しに入ったサツキがトトロと出会います。

 

トトロへサツキの捜索をお願いしたら、ネコバスを呼んでくれて

そのネコバスがサツキをメイのところまで届けてくれます。

 

メイと合流したサツキを、ネコバスは七国山病院へ送ってくれて

お母さんとお父さんが病室で話しているのを外からみる。

 

そこに、メイの持っていたトウモロコシを置く。

 

お父さんがトウモロコシに気づくがメイとサツキの姿はない。

誰が・・となる。

そこの松の木でサツキとメイが笑ったようにみえた、というお母さんに

お父さんは「案外そうかもしれないよ」

トウモロコシの皮に「おかあさんへ」と掘ってあった。

 

----------------------------------------------

 

となりのトトロにまつわる都市伝説は

けっこう多くの人が知っていると思います。

 

・サツキとメイは死んでいた

・後半、サツキとメイの影がなくなる、薄くなる

・「メイ」と書かれたお地蔵さんが一瞬映っている(微妙)

・サツキとメイは、結局母親に会ってない

・エンドロールは過去の回想シーン(サツキが明らかに小さい)

・トトロは、死期が近い人間、もしくは死んだ人間にしか見ることができない

・猫バスはあの世に繋がっている乗り物

・物語は、全てお父さんの妄想だった

 

こういう感じのことです。

 

実際の事件(狭山事件?と言われていますが、よくわかりません)をモデルにしているのでは?という話もあります。

 

 

いろいろ検証されている方がいて

たしかに「そういう風にみえる」もしくは「見せるような」物語構成になっていることは否めない気がします。

 

というのも、たしかにあれだけ会いたがっていたお母さんの病院へ行くことができたのに

なぜか会ってはいないですしね。

 

それはネコバスという架空の乗り物に乗っているから

お母さんの元へ行ったということ自体が妄想だから

 

と言ってしまうと、じゃあメイはやっぱりみつかってないの?

とか

お母さん・お父さんの元へ届いたトウモロコシは何??

という話になってしまうので。

 

「そうみえても(メイやさつきが亡くなっているようにみえても)しかたない」

もしくは

「そういうふうにもみえる」

ようにあえて作ったのではないか、というのは、完全否定できない気がします。

 

これは大人がみると、やっぱりちょっとした違和感を感じますしね、最後あたりは。

 

 

これがもしかしたら裏ストーリーだったのかもしれないんですけど

 

裏ストーリーではなく、

本筋(ジブリが視聴者に理解してほしいと思っているストーリー)なのだとしたら

(めいとさつきが亡くなっている設定が)

どうなんだろう??

 

とちょっと考えてみて

 

 

途中で出て来る「新池から発見されたサンダル」が、メイのものだったのかどうか

これを検証してみたいと思ってしまいました(笑)

 

「裏ストーリー」的なものなら、明らかにめいが命を落としていそうなエピソードは無いはずですし、

もし本筋ならそれを匂わせるものがあるはず。

 

あのサンダルの部分はそれを表しているのではないかと。

 

サツキは「メイのじゃない」と断言していましたけど

サツキも子供だし、メイのだとしても「違う」と言いたい気持ちもあったのではと(^_^;)

 

 

これ、別に検証しなくても、明らかでしょ!?という人もいそうですが

ぼくはそんなにとなりのトトロをハードリピードしてないですし

都市伝説を聞いていたという立場から、「あのサンダルはそもそも本当はメイのサンダルだったんだよ」的な記憶もどこかから湧いてきてしまっていたので。

 

本当のところはどうだったのか、調べてみようと。

 

では、サンダルが映るシーンを。

 

 

サツキがおばあちゃんの胸で泣いているのをみて、

メイが家を飛び出そうとするシーンです。

 

まさにこのあと、メイは行方不明になります。

そのときに履いていったサンダルが、これです。

 

 

そして、こちらが、新池で発見されたというサンダル。

 

 

でもこの上の写真は、サツキが男の子から「新池でサンダルがみつかった」という情報を聞いた時点で、「想像した」サンダルのようです。

 

 

そして、こちらが実際におばあちゃんからみせられたサンダル。

 

 

サツキが想像したものと、ほぼおなじ形ですね・・

 

 

では、もうひとつ。

サツキがネコバスでメイの元へ向かった際に

メイが履いていたサンダル。

 

 

たしかに、出かける際に履いていたサンダルと同じものっぽい。

 

 

 

検証結果。

 

 

新池で発見されたサンダルは

メイのものではない

 

ということが判明。

 

なので、少なくとも、

メイやサツキが亡くなっているというのは

本筋(ジブリが視聴者に理解してほしいと思っているストーリー)

ではないようです。

 

 

 変な見方をしようと思えば、いくらでもそういう風に見ることができるんですけど、

 

普通にみると

 

メイが見つかってからは、

明るい印象のお話に戻ってるんですよね。

 

また、

暗くなった道を歩いて家に帰るサツキとメイが

 

必死に探してくれていたおばあちゃんと男の子と再会するシーンもあります。

わざわざこんなシーン入れませんよね、もし亡くなっているのなら。

 

 エンディングでは、サツキやメイが登場しますが、あれが明らかに「小さい」ので

過去のシーンだろ?!

 

という話もあるみたいですけど、

 

あれも、

 

・おばあちゃんが出てくる

・お母さんとサツキ、メイの3人でお風呂に入ってるシーン、あのお風呂が特徴的な形で、明らかに今のあの古い家のもの(つまりお母さんが帰宅して3人で入ってるということ)

 

なので、

サツキとメイが小さいのは、たまたまそういう風に書いてしまっただけかなと。

エンディングやオープニングアニメって、

本編のアニメとは別の人が作ることが多いですしね…

 

 

あと、

お父さんとお母さんの病状の会話がそんなに深刻そうではない、というのも。

 

お父さんがメイとさつきに「先生ももう少しで退院できそうと言っていた」と言うシーンもあって。

 

とても普通に言ってたし、そもそもその予定もないならこどもに期待させるようなことは言わないはずかなと。

(あの七国山病院は末期症状の人がいる病院で、お母さんは死者のイメージ、という話もあるけど、これも微妙。)

 

 

…ということで、

トトロは基本的には、

メイが見つかって良かったね!

という明るいラストなんじゃないかなと思います。

 

ひねくれた目でみなければ(笑) 

 

 

ちなみに、スタジオジブリは

「死のイメージ、サツキとメイはすでに死んでいる」

という話について

 

 

明確に否定しています

 

スタジオ・ジブリの公式ブログからの引用です。

 

www.ghibli.jp

そんな中、かかってくるのはなぜか「トトロは死神なんですか?」という一般の方からの問い合わせばかり。みなさん、ご心配なく。トトロが死神だとか、メイちゃんは死んでるという事実や設定は、「となりのトトロ」には全くありませんよ。最近はやりの都市伝説のひとつです。誰かが、面白がって言い出したことが、あっという間にネットを通じて広がってしまったみたいなんです。「映画の最後の方でサツキとメイに影がない」のは、作画上で不要と判断して略しているだけなんです。みなさん、噂を信じないで欲しいです。 ...とこの場を借りて、広報部より正式に申し上げたいと思います。

 

・・と、ハッキリ書かれているので

これを読む限りでは、完全に都市伝説でしかない、と。。(笑)

 

ただ、物語の作り手は

直接的に理解してほしいというストーリーとは別に

裏で、そこに込める思い、のような別の感覚を込めている可能性もないとは言い切れません。

 

もしかしたら、宮﨑駿監督にそういうものがなかったのかは・・

わかりませんね(^_^;)

 

 

ジブリの公式見解としては

「ない、デマです」

 

でも、なんとなく

「そういうものを感じさせるような作りになっている」

ことは否定できない気もします。

 

ということで、

「そういう見方もできる作品」

という風にとらえるのがいいかもしれませんね、となりのトトロは。

 

 

ぼくの場合はキャラクターの可愛さばかりに目がいくこどもに対して

「なー、あんな風に、小さい子が1人で出歩いたら迷子になるんやで!!」

と別の部分を強調してみました(笑)

 

いや、それってあんまりよくないことなんですかね!?

 

まあ・・親としての目線だと、そこを理解してほしいなと。。

 

 

最近でも、帰省中の田舎でこどもが迷子になって

川や池に落ちてしまい、水死・・

なんていう悲しい事故は起こってますしね。

 

となりのトトロは

迷子にはなるな!危険

 

というストーリー

 

ということにしておきたいと思います。

 

 

まあ・・こどもは「また観たい!」と強く言っていたので

結局そういう悲しい話というよりも、かわいい、おもしろい

しか印象に残っていない気もしますが(笑)

※このブログのタイトルは、以前は「はてなで泣いた」でした。独自ドメインへ移行したためタイトルを変更しました※ @iPhoone3Gが語る自叙伝的なこと。 これはまだ俺が20代前半だった時のこと。仕事で疲労困憊な俺は、退社後の深夜2時頃、近くにある大きめの銭湯にやってきた。銭湯といってもいわゆるスーパー銭湯ではなく、普通の銭湯だけど大きい風呂屋。ヤクザ屋さんかな?という人もけっこうみかけるこの風呂屋は、銭湯料金だけど露天的な風呂があったり、サウナが広かったりしてけっこう気に入っていた。銭湯での行動はいつも決まっていて、まずは身体を温めるために内湯に浸かる。その後サウナに入って汗を出す。そして露天の風呂を楽しみ、洗髪・洗体をして出る。というのが自分のコースだ。その日も同じように内湯に浸かり、サウナへ・・とここまでは良かったが、疲労が極限まで達していたためか、普段は絶対にないのに、サウナで横になって寝てしまった。どれくらいだろう??15分くらいは経っていたか。気がつくと、タオルをはだけさせ、一糸まとわぬ姿で眠っていた。サウナには深夜にもかかわらず数人の客がいた。(続きは、また。思い立った時に。)
iPhoone3G / AR30 このブログへメール サイトコンテンツの削除依頼について Google+